残業220時間を経験して、辞める決意をした話

鬼残業の実態

220時間の残業と言われても、なかなかピンとこない方も多いと思います。所定労働時間がだいたい168時間なので、残業だけで1ヶ月分以上の労働時間を、さらに上乗せしていた計算です。私自身、この数字を初めて計算し直したとき、自分でもちょっと引きました。

会社がピンチだったタイミングがあり、2ヶ月間だけですが、とんでもない残業時間を記録したことがあります。ピークが220時間でした。

朝出て、深夜に帰る、をひたすら繰り返す

朝9時に出勤して、帰るのは朝5時頃。タクシーで家に帰って、風呂に入って少し寝て、8時にはまた家を出る。翌日もまたタクシーで3時頃に帰宅する。そんな生活をしていた時期がありました。

昼ごはんも夜ごはんもまともに食べる時間がなく、ほぼモンスターエナジーだけで乗り切っていたと思います。体もやせ細り、今思えばかなり不健康な状態でした。なぜそこまでの残業になったのかは、個人が特定されそうなので詳しくは書けませんが、とにかくきつい日々だったのは間違いありません。

不思議なもので、常に眠いかというと、実はそうでもないんですよね。会社にいる間はやることが多すぎて、眠気を感じている暇すらありませんでした。翌月も150時間を超える残業をしていたので、その年はカレンダー上12ヶ月のはずが、私の感覚では14ヶ月分くらい働いた気がしています。

1年経っても、あの頃の疲労が抜けない

そこから1年後、退職を決意しました。

体がどこか一箇所分かりやすく壊れた、という感じではありません。ただ、狂った歯車が一向に元に戻らない、という表現が一番しっくりきます。1年経った今でも、あの鬼残業の時期の疲労は、完全には抜けきっていない感覚があります。仕事自体は普通にこなせるのですが、以前のような気力が戻ってこないんです。

しかも、役職がついていたため残業代は出ませんでした。健康を削って収入を得る、というトレードオフですらなく、削っただけで見返りがない状態。この矛盾に気づいたときは、さすがに我に返りました。頑張った分だけ何かが返ってくるならまだ納得もできますが、これは単なる持ち出しです。

お金より、まず体だった

お金は大事です。ここまでこのブログでも、資産形成の話をずっと書いてきました。それでも、あの頃の疲労が抜けきらない状態を今も抱えながら生活していると、お金のために無理をして働き続けることが本当に「得」なのか、私にはよく分からなくなります。

健康を失ってからでは、資産があっても取り戻せないものがあります。むしろ、無理な働き方をしなくても資産を育てていける状態を作っておくことの方が、よほど大事だと私は思っています。この夏、退職を決めました。次の環境は今じっくり探しているところですが、少なくとも同じ働き方には戻らないつもりです。

淡々と積立を続けてきたことも、たぶんこの経験が根っこにあります。無理な働き方をしなくても崩れない土台を、少しずつ作っておいて良かった。今はそう感じています。